『東京探索026』新宿エリア②
町名の由来と新宿駅の段階的成長
現在の新宿地域は、洪積世に形成された武蔵野台地が分岐した台地の一つ「淀橋台」の上に位置しており、JR新宿駅の標高は山手線の駅の中で最も高い海抜約37mです。確かに、ひとつ南の代々木駅、ひとつ北の新大久保駅がいずれも橋上駅なのに、新宿駅はプラットフォームがほぼ地上1階レベルにありますね。
新宿という地名は、江戸時代に甲州街道の日本橋と高井戸の15kmの距離の間に設けられた新たな宿場「内藤新宿」に由来しています。徳川家の家臣だった内藤家が現在の新宿御苑辺りに屋敷を構えていましたが、その一部が宿場町になったそうです。その後、その宿場町の西のはずれ(現在の新宿三丁目交差点付近)に青梅街道が分岐する「新宿追分」も設けられ、交通の要衝となったことから飲食や行楽、歓楽の拠点に発展した歴史を持っています。
JR新宿駅は、1885(明治18)年、日本鉄道品川線(品川~赤羽:現在のJR山手線の原型)の開通に伴って設置されましたが、この駅は当時の「新宿」という町の範囲にはなく、豊多摩郡角筈(つのはず)村に位置していました。角筈という町名は、1970年代まで、現在の西新宿一帯から新宿三丁目の東半分(新宿駅東口周辺)や歌舞伎町一丁目のほとんどをカバーしていたのです。新宿駅開設当時、駅の周辺はほとんど畑と森で、旅客は少なく、貨物中心の駅だったそうですが、その後、京王線(開業は1915年)、小田急線(1927年)、西武新宿線(1952年)地下鉄丸ノ内線(1959年)、都営地下鉄新宿線(1980年)、都営地下鉄大江戸線(1997年)と、新宿駅に発着する路線が着実に増えていきました。
JRをはじめ各路線を含めた「新宿駅」の1日あたり平均乗降客数合計(2017年、各鉄道会社の公表資料を基に作成。乗車客と降車客の合計、JRの路線間の乗換えは含まない)は、353万人と世界一を誇ります。周辺の西武新宿駅、新宿三丁目駅、西新宿駅、都庁前駅、新宿西口駅を含めた巨大地下通路ネットワーク化も形成されており、きわめて利便性の高い公共交通インフラストラクチャーになっています。